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札幌高等裁判所 昭和29年(を)6号 判決 1954年10月19日

被告人

大滝栄

外一九名

理由

第一章罪となる事実

第一節職場離脱

被告人伊藤岩夫、稲辺武利、小倉嘉二、小野寺米蔵、勝山寿太郎、小嶋国夫、佐藤繁、佐藤忠、佐野貞夫、城野広勝、竹原昇、松尾泰清、八重樫政蔵、吉川重信、若林和真、藤田義治はいずれも国鉄根室線新得機関区所属の機関士または機関助士であつて、国鉄労働組合旭川支部新得分会機関区班乗務員会に所属していたがいずれも組合事務に専従するものではなく、列車をけん引する機関車の運転に従事する職務を有するものであるところ、右被告人等の乗務区間内にある石狩十勝国境の根室線狩勝トンネルは明治三十八年に竣工したもので延長九百五十三米あり、十勝側新内駅より山間を縫う小さい曲線が連続する千分の二十五の急勾配を約十粁登りつめた狩勝峠の最頂点に位し、上り列軍は新得駅から本務機関車のほか補助機関車を重連若しくは後部補機とし九六〇〇型機関車は二百五十トン(戦前は二百二十トン)二十五輛(貨車換算)をけん引していたがトンネル内の熱気の上昇、有毒瓦斯の発生等のため窒息、火傷等の危難に遭遇することがあり、終戦後は炭質の悪化、機関車の老朽、従業員の体質及び技倆の低下等により殊に昭和二十二年十月頃から大型D五一型機関車牽引定数三百三十トン三十三輛(貨車換算)が入線する等のためトンネルを通過する際の衛生状態が著しく悪化し、そのままの状態で推移すると、気象状態の悪い昭和二十三年五、六月頃以後は乗務員が数多く前記危難に遭遇することが予想されたので、所属国鉄労働組合旭川支部新得分会でははやく昭和二十二年の夏頃から旭川支部の手を通じて札幌鉄道局等に対しトンネルの改修、トンネル通過手当の増額等を要求してきたが、昭和二十三年四月下旬同支部と旭川管理局との団体交渉が成立しなかつたので、乗務による生命身体に対する現在の危難を避けるためけん引車輛の減車をするほかなしとし、同年五月三日から同日附支部指令第六十二号に基き、新得落合間の上り貨物列車の一律三割減車を行いその後数次にわたり当事者間に交渉が行われたが、解決せぬうち同年七月二十二日内閣総理大臣宛マツカーサー総司令官の書簡が発せられ、ここにおいて札幌鉄道局長木島虎蔵は急速に事態を解決する必要を認め同月二十六、七日の両日旭川管理部で旭川支部闘争委員等と交渉し結局同支部は新得の三割減車を停止することを約し両者間の了解事項として(イ)双方の提訴を取下げる。(ロ)当局は七項目((1)新内側トンネル口に気象観測所を設けよ、(2)良質炭を廻せ、(3)牽引定数を適正化せよ、(4)トンネル手当を増額せよ、(5)手拭を支給せよ、(6)石鹸を支給せよ、(7)軍手を支給せよ)を早急に実施する、(ハ)減車規程の運用を民主的に行う。(ニ)新得問題に関する運転事故に対しては犠牲者を出さぬことを確認したが、さらに同局長は当時行われていた旭川、滝川車掌区の実力行使も共に打切ることを求め、同支部はこれを新得問題と別個に解決すべきことを主張したため、まさに解決せられんとしながら協定がならず交渉打切となつた。しかるに被告人等新得機関区乗務員会員等は七月三十一日新得町で札幌鉄道局運転部長栗林達夫と三割減車問題につき懇談した結果マツカーサー元帥書簡に基いて政令が公布せられたと聞きまた客観情勢の不利を知つて三割減車を取りやめ同日第四百二列車を定数で牽引したところ、機関助士が窒息したとの知らせを受け且つ旭川支部指令第百号もあり再び三割減車を続行してきたが、栗林運転部長との前記懇談の結果に照し、狩勝トンネル問題に関する前記諸要求が直ちに当局に容れられる見込がなく、しかも三割減車をやめても七月二十六、七日の旭川管理部における了解事項となつた「三割減車等による運転事項に対して犠牲者を出さぬこと」の実現も困難なこと及び政令が公布されて公務員の争議行為が禁止されたことも判つたので、同年八月四、五日の両日新得町鉄道クラブで乗務員会を開き前記旭川支部指令第百号に基き、今後の闘争方針を協議し、右両日ともいずれも狩勝トンネル問題に関する前記諸要求を貫徹し、併せて国家公務員法の改悪に反対し、公務員の団体交渉権及び罷業権を確保するためには職場を抛棄して闘争する以外に途なしとの結論に達し、被告人勝山寿太郎、小嶋国夫、佐野貞夫は右両日の、被告人稲辺武利、城野広勝、竹原昇、松尾泰清は四日の、被告人伊藤岩夫、小倉嘉二、小野寺米蔵、佐藤繁、佐藤忠、藤田義治、八重樫政蔵、吉川重信、若林和真は五日の乗務員会に出席してそれぞれ他の被告人及び出席者伊藤竹松等と相謀り、右目的達成のために職場を離脱することを決意し同月六日右決意に基いて全員約六十名の同乗務員会員等とともに、新得機関区の職場を離脱し、よつて国の鉄道業務の運営能率を阻害する争議手段をとり、被告人藤田義治は右職場離脱後捜査官の取調べを受けて釈放され、新得機関区の職場に復帰したが、狩勝トンネルに関する前記諸要求はまだ実現されておらず、公務員の争議権団結権等も確保されておらないので、同年八月二十八日頃新得町石原方で、寺井久一等四名とともに相謀り、右目的実現のため再び職場を離脱することを決意し、右決意に基き同月三十一日同人等とともに新得機関区の職場を離脱し、よつて国の鉄道業務の運営能率を阻害する争議手段をとつたものであつて、右被告人藤田の職場離脱の所為は包括して一罪にかかるものとする。

第二節被告人大滝栄の職場離脱幇助

被告人大滝栄は国鉄労働組合旭加支部闘争委員であるが、前記のとおり新得機関区班乗務員会が八月四、五日の両日新得町鉄道クラブで乗務員会を開き支部指令第百号に基き今後の闘争方針を協議しその結果第一節記載のとおり被告人等約六十名が職場抛棄を決定するに至つたが、その際被告人大滝は席上「この問題は根本的に解決すべきだ、我らが屈したら後輩も苦しまねばならぬ、立つべきだ」「当局の不誠意に対してはどこまでも戦う、また戦わなければならない」との趣旨のことを述べて同人等の職場抛棄の意思を強固ならしめ、且つ選ばれて同人等が組織した柚原青年行動隊の副司令となつてこれを指揮し、或はこれに便宜を与え、以て同人等が右決意に基き前記第一節に記載したとおり八月六日新得機関区の職場を離脱して国の鉄道業務の運営を阻害する争議手段をとるに際しこれを幇助したものである。

第三節被告人田村辰雄の職場離脱幇助

被告人田村辰雄は札幌鉄道局旭川管理部施設課工務係勤務の運輸技官にして、国鉄労働組合旭川支部闘争委員長であるが、同旭川支部では昭和二十三年五月三日同支部新得機関区分会に対し狩勝トンネルの早急完備、トンネル手当の増額等の要求を貫徹する目的で同支部指令第六十二号を発し、根室線新得、落合両駅間の上り列車につきけん引定数の三割減車を実施せしめてきたところが、同年八月二日政令第二〇一号が公布即日施行せられ、国家公務員法が改正実施せらるるまで暫定的に現業に従事する公務員の団体交渉権を剥奪し、争議行為を禁止するに至つたが、同年八月六日新得機関区の乗務員多数が職場を抛棄したため列車の運行に支障をきたしたので同日闘争委員会を開いて対策を協議した結果列車の運行は確保するが、新得の助勤命令及び受持区番の変更は拒否する等の暫定的方針を定め、次で同月九日午後空知郡富良野町鉄道綜合養成所において今後の闘争方針を決定するため機関区班全員大会を開いたところ、その際札幌鉄道局が旭川支部闘争委員長田村辰雄等十四名の支部役員を新得分会の三割減車指導を理由に馘首したことが発表せられ、ことにそののちには富良野分会から選出した只野助役外一名が含まれていたので、右大会は直ちにこれに対する対策を協議し全員実力行使をして職場を抛棄しようと定めていたが、その席上被告人田村辰雄は内山五郎からその今後の闘争の具体的方法を問われるや、政令第二〇一号施行後の旭川車掌区の争議に例をとつてその困難性を説明し、犠牲者を一人も出さない戦術をとるべきである、新得でとつた職場抛棄は正しい、新得と同様に職場抛棄がいいのではないか、等のことを述べて同大会に出席した藤沢哲夫等百二十余名が右行政処分の撤回を要求するとともに、国家公務員法の改正を阻止し、公務員の団体交渉権、争議権を確保するための争議手段として職場を抛棄しようとする意思を強固ならしめ、以て藤沢哲夫外五十数名が翌十日一斉に同機関区の職場を離脱して国の鉄道業務の運営を阻害する争議手段をとるに際しこれを幇助したものである。

第二章証拠(省略)

第三章法律の適用

被告人伊藤岩夫、同稲辺武利、同小倉嘉二、同小野寺米蔵、同勝山寿太郎、同小嶋国夫、同佐藤繁、同佐藤忠、同佐野貞夫、同城野広勝、同竹原昇、同藤田義治、同松尾泰清、同八重樫政蔵、同吉川重信、同若林和真の各判示所為は国家公務員法第一次改正法律(昭和二十三年法律第二百二十二号)附則第八条昭和二十三年政令第二百一号第二条第一項第三条刑法第六十条に、被告人大滝栄同田村辰雄の各判示所為は前記国家公務員法及政令の各法条の外刑法第六十二条第一項に該当するので、小野寺米蔵を除くその他の被告人に対しては、いずれも所定刑中懲役刑を選択し、被告人田村辰雄、大滝栄は従犯であるから、刑法第六十八条第三号により刑を減軽し、右の所定刑期範囲内で主文第一項のとおり懲役刑を量刑処断し、被告人小野寺米蔵に対しては所定刑中罰金刑を選択し、所定金額の範囲内で同被告人を罰金五千円に処し、刑法第十八条により右罰金を完納すること能はざるときは金二百円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置することとする。

各被告人の職場離脱或は同幇助の行為はその端を三割減車行為に発したものであつて、右減車行為は後記のとおり罪とならないものであるが当時にあつては政令第二百一号実施に伴い同政令違反として検挙せられることが明かな情勢にあつたために、一歩をすめて右政令反対の主張をかかげて職場離脱をなすに至つたものと認められ、その情状酌量すべきものがあるから刑法第二十五条により、被告人小野寺米蔵を除く各被告人に対しいずれも一年間刑の執行を猶予することとする。

訴訟費用の負担については旧刑事訴訟法第二百三十七条第一項第二百三十八条を適用して主文のとおり各被告人に負担させる。

弁護人の主張に対する判断は次のとおりである。

第一期待可能性の主張について

被告人等のなした一律三割減車行為が被告人等の生命身体に対する危険をさけるための已むを得ざる行為であつたことは後段第四章に説示するとおりであつて、この緊急避難行為は期待可能性の法理に該当する一類型に外ならないが、第一章第一節及同第三節判示の職場離脱は、三割減車行為とは趣旨を異にして、狩勝卜ンネルの改善の要求と共に、折柄施行せられた政令第二百一号の禁止した公務員の団体交渉権及罷業権を確保することを目的としたものであつて、ことここに至つたことは前段に説示するとおり情状酌量すべき点はあるが、何人が被告人の地位に立つてもこれ以外の行動は期待できなかつたと云う筋合ではない。現に、第一章第一節の職場離脱が八月四、五の両日新得鉄道クラブにおける乗務員会に於て協議せられた際、従来三割減車行為に参加していた者で職場離脱には反対して行動を共にしなかつた者の存することは、原審第四回公判調書中大滝栄の右の旨の供述記載によつても明かである。そもそも期待可能性のない行為に罪責がないと云うのは、単に事実上期待できないから無罪だと云うのではなく、これを期待することが法の精神である正義に反するから無罪だとするものと解せられる。それは事実の問題でなくて法的評価の問題である。これを本件について見ると、制定施行せられた法令に対しその不可なる所以を論じ、その改正を主張することはもとより言論の自由として許さるべきことであるが、政令第二百一号の施行に反対する目的を以つて、その禁止する争議行為たる職場離脱をするが如きは到底是認さるべきことではない。それ故被告人等が職場離脱をしたことは、被告人各個人の主観においては已みがたきものがあつたにせよ、その故を以つて罪責のないものとすることはできない。

第二政令第二百一号の効力及びその刑の廃止の主張について

(一)  政令第二百一号は昭和二十年勅令第五百四十二号ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基き、連合国最高司令官の要求に係る事項を実施するため制定施行せられたものであるが、右の勅令は日本国憲法にかかわりなく憲法外において法的効力を有したものであるから本件の政令が右の勅令に根拠を持つ点においてこれを無効とすべき理由はない(昭和二十八年四月八日最高裁判所大法廷判決)。

次に、本件の政令は国家公務員の争議行為を禁止したものであるが、国家公務員は国民全体の奉仕者として(憲法第十五条)公共の利益のために勤務し、且つ職務の遂行に当つては全力を挙げて之に専念しなければならない(国家公務員法第九十六条)性質のものであるから、団結権団体交渉権等についても、一般の勤労者とは違つた特別の取扱を受けることは当然であつて、本件の政令の内容は憲法第二十八条に違反するものではない(前掲最高裁判所判決)。

(二)  昭和二十七年法律第八十一号「ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件の廃止に関する法律(平和条約発効の昭和二十七年四月二十八日施行)」により、本件政令第二百一号は右法律の施行の日から起算して百八十日間に限り法律としての効力を有することになつたのである、而して本件政令の内容が憲法に違反しないことは前記のとおりであるから本件政令は平和条約発効の日以後においては法律としての効力を有するものと云わねばならない(昭和二十八年七月二十二日最高裁判所大法廷判決)。

(三)  本件の政令第二百一号は、昭和二十三年十二月三日法律第二百二十二号「国家公務員法の一部を改正する法律」附則第八条により、国家公務員に関し効力を失うたが、同令第二条第一項の規定に違反する行為に関する罰則の適用についてはなお従前の例によると規定されているから被告人の本件判示行為に対しては政令第二百一号第三条の罰則を適用すべきものといわねばならない。その後昭和二十三年十二月二十日公布同二十四年六月一日施行せられた日本国有鉄道法及び公共企業体労働関係法によれば日本国有鉄道の職員の争議行為は禁止されているが罰則の規定は設けられていない。しかしなお国家公務員たる身分を有していた当時の政令第二百一号第二条第一項違反行為に対しては、前記法律第二百二十二号附則第八条により同令第三条の罰則を適用すべきものであつて(昭和二十八年四月八日最高裁判所大法廷判決)、刑の廃止があつたとする弁護人の主張は採用しない。

第四章無罪の理由

第一章判示の罪となる事実以外の本件公訴事実は

(一)  被告人伊藤岩夫、稲辺武利、小倉嘉二、小野寺米蔵、勝山寿太郎、小嶋国夫、佐藤繁、佐藤忠、佐野貞夫、城野広勝、竹原昇、松尾泰清、八重樫政蔵、吉川重信、若林和真はいずれも国鉄根室線新得機関区所属の機関士又は機関助士で、国鉄労働組合旭川支部新得分会機関区班乗務員会に所属していた者で、狩勝隧道の早急完備、隧道手当の増額等の要求を貫徹する目的を以て国鉄労働組合旭川支部指令第六十二号に基き根室線新得落合両駅間の上り列車につき牽引定数の三割減車を行つてきたが、昭和二十三年政令第二百一号が同年七月三十一日に公布施行され、同日以降国家公務員法が改正されるまでは暫定的に公務員の争議行為が禁止されたに拘らず前記の目的達成のため互いにその他の同機関区班乗務員会員等とともに相謀り同年七月三十一日より同年八月五日まで三割減車を続行し、以て国の鉄道業務の運営能率を阻害する争議行為をなしたものである。

(二)  被告人田村辰雄は札幌鉄道局旭川管理部施設課工務係勤務の運輸技官にして国鉄労働組合旭川支部闘争委員長、同浜浦金之助は同課勤務の運輸技官、同吉田三太郎は同局旭川工機部技術係勤務の運輸技官で共に同支部闘争委員であるが、同旭川支部においては、昭和二十三年五月三日新得分会に対し狩勝隧道の早急完備、隧道手当の増額等の要求を貫徹する目的を以て、同旭川支部指令第六十二号を発し、根室線新得落合両駅間の上り列車につき牽引定数の三割減車を実施せしめてきたところ、同年七月三十一日政令第二百一号が公布即日施行せられ、これにより国家公務員法の改正実施まで暫定的に現業に従事する公務員の争議行為が禁止せられたので右三割減車の争議行為は当然これを中止せしむべきに拘らず、前記要求を貫徹し併せて国家公務員法の改正を阻止し、現業に従事する公務員の団体交渉権及び争議権を確保する目的を以て、同年七月三十一日旭川市宮下通八丁目前記旭川支部事務局において他の闘争委員と相謀り、所属各分会に対し支部は重大なる決意をする、各分会は直ちに、あらゆる実力行使に入るべき旨の指令第百号及び新得分会に対しては更に三割減車を続行すべき旨の指令第百一号を発し

(1)  同年七月三十一日より八月五日までの間新得分会機関区班所属の乗務員伊藤竹松等二百数十名をして、前記新得落合両駅間における三割減車の争議行為を続行せしめ、

(2)  前記目的貫徹のため前記旭川支部より闘争委員土井尚義外数名をオルグとして新得町に派遣し、同人等をして同年八月四日及び五日の新得分会機関区班乗務員会において、前記目的貫徹のためには職場抛棄以外他に途なき旨強調して職場抛棄を慫慂せしめ、因て離脱を決意したる伊藤竹松等乗務員六十数名をして土井尚義を総司令、大滝栄を副司令とせる柚原青年行動隊を編成させて、同月六日より一斉に新得機関区の職場を離脱せしめ、以て夫々国の鉄道業務の運営能率を阻害する争議手段をとらしめたものである。

(三)  被告人大滝栄は国鉄労働組合旭川支部闘争委員であるが、右(二)の冒頭並に(1)記載のごとく同年七月三十一日被告人田村辰雄、浜浦金之助、吉田三太郎外闘争委員と共謀の上、指令第百号及び第百一号を発し、因て同日より八月三日までの間新得分会機関区班所属の鉄道職員伊藤竹松等二百数十名をして前記新得落合両駅間における三割減車の争議行為を続行せしめたものである。

というのである。

よつて先ず右公訴事実の(一)につき検討するに、右の事実は判示(一)の事実につき引用した各証拠を綜合してこれを認めることができる。しかして法律によると、右被告人等の各所為はそれぞれ国家公務員法附則第八条第二項昭和二十三年政令第二百一号第二条第一項第三条刑法第六十条に該当するものである。

被告人等及び弁護人は右三割減車行為は狩勝隧道に関する労働基準法の完全実施を目的とする行為で、争議行為ではなく、また被告人等が列車の定数を牽引して右隧道を通過することにより被るおそれのある生命身体の危難を免れるためになした緊急避難行為であると主張するので、右三割減車行為が争議行為であるか否かの点につき判断するに、労働関係調整法第七条によると、争議行為とは同盟罷業、怠業、作業所閉鎖その他労働関係の事者がその主張を貫徹することを目的として行う行為及びこれに対抗する行為であつて、業務の正常な運営を阻害するものをいうと規定していて、争議行為が本件政令にいわゆる争議手段に含まれることはいうまでもない。しかして三割減車行為は前記認定のごとく労働関係の当事者たる被告人等が狩勝隧道の早急完備、隧道通過手当の増額の要求を貫徹するための行為で通常の状態においては業務の正常な運営を阻害することは明らかであるから、この点において右減車行為は争議行為と云わねばならない。

よつて進んで右三割減車行為が緊急避難であるか否かの点につき判断するに

(証拠の標目省略)

を綜合すると機関車乗務員が上り列車に乗務して狩勝トンネルを通過するとき、気象条件、機関車の状況、石炭の良否乗務員の健康状態及びその技倆により差異はあるが、その条件の悪いとき、特にトンネル通過時間の長いときは高温のため時に窒息事故を起し、又火傷その他軽度の身体障害を与えることがしばしばで、事故に至らなくても苦痛が甚しいことが認められる。而して三割減車の目的は、隧道通過の時間を短くし、投炭回数の減少により有毒ガスの発生熱気の上昇を抑え、それらに因る窒息火傷の現在の危難を免れるためであつて、三割という減車率は乗務員経験から割出されたもので、根拠のないものではなく、気象その他の条件が悪いときは三割の減車は必要であり、また新得駅において狩勝隧道附近の気象状態を適確に観測することができず各列車毎に一々減車率を決定することができず、また機関車牽引定数軽減手続の規程はあつたがその運用は適切でなく、乗務員の適切な意見も容れられないことがしばしばであつたため一律の三割減車はやむを得なかつたものであることがみとめられる。以上を綜合すると、本件の一律三割減車の行為は被告人等が各自己の生命身体に対する現在の危難をさけるため已むを得ずしてなしたものであるとなさねばならない。

そこで被告人等の三割減車行為により生じた害がその避けんとした害の程度を超えているか否かを検討するものとし、先ず被告人等の三割減車行為により生じた損害を考えて見るに、昭和二十三年八月二十四日附旭川管理部長今西良太郎より旭川地方検察庁検事正三笠義孝宛の労組の三割減車行為及職場抛棄による影響についてと題する書面中貨車関係について三割減車により生じた新得駅における輸送実績と設定輸送力との差についての記載によると一律三割減車による輸送減は相当甚大であつたことは明かである。しかし牽引の定数は絶対的のものではなくトンネルの気象状況によつて随時減車されていたことは、差戻前の当審第四回公判調書中証人木島虎蔵のその旨の供述記載によつて明かであるから、右の数字は絶対的なものではない。また減車によつて貨車が滞留すれば臨時列車を編制することもできる筈であり、また他の路線を経由することも考えられる。原審第八回公判調書中石川光雄の供述記載及前控訴審における証人岡本秀雄の尋問調書によると当局がことさらに石北線廻しの貨車を根室本線に廻わしたかの疑いすらあつて、当局が貨車の滞留に善処した形跡はみとめられない。これを要するに三割減車が輸送業務に致命的な損害を与えたものとはみとめ難く、ただ当局が右の如く臨時列車を編制したり或は他線に廻わしたとしてもこれによる経費の増大はさけられないから、これは国鉄の損害と云う外はない。

しかしながら被告人等が避けんとした法益は自己の生命身体に対する現在の危険である。実に生命はこれを尊ぶべく、これを他の法益ことに財産的法益と比較するときはまさに天地の差があり、身体の危険もただちに生命のそれにつながるからその法益は生命のそれに準じて他の法益と比較さるべきである。本件において被告人等は自己の生命身体に対する危険に直面しこれを避けんとして上記認定のごとき財産上の損害を国に被らしめたのであるけれども、この程度の財産上の損害はこれを前記生命身体に生ずる虞ある危難と比較し未だ避けんとした害の程度を超えたものということはできない。即ち被告人等の前記(一)の三割減車の所為は刑法第三十七条本文の緊急避難に該当するものと認めるのが相当であり、被告人等の所為は罪とならないものである。

検察官は争議行為に緊急避難の観念を容れる余地はないと主張する。思うに、労働者がなす争議行為は例えば賃金値上の如くよりよき労働条件を獲得する目的で行われることが多い。かかる場合には緊急避難の観念を容れる余地はないと云わねばならない。しかし本件の場合要求事項の主たるものは、先に認定したとおりトンネルの施設の改善、減車の適正と云うことであつてこれは被告人等の生命身体の安全を期するためのものに外ならない。而して一律三割減車はその主張を貫徹することを目的としたものではあるがまた一面においてはトンネルの改善減車の適正化が実現するまでの間、一律三割減車を行わなければ被告人等の生命身体がたちまち危険にさらされるため、已むを得ずしたものであることは先に認定した一律三割減車の行われるに至つた事情から見て明かなところである。かくの如く減車行為は、狩勝トンネルを通過する貨物列車に乗務する各被告人が各々トンネル通過に際して自己の生命身体に対する危険をさくるために已むを得ざる処置としてなしたもので、緊急避難行為としては各個別に観察すべきものであるが、減車をするについては操車の技術上、乗務員たる各被告人は勿論列車運転に関係する者の一致協力がなければ安全にできないことは看易い道理である。若し被告人等が各自の生命身体の安全を期するため他と連絡なく各個に減車を実行すれば列車の運行に支障を来し危険を生ずる恐もあると云わねばならない。然らば被告人等が団結して一律三割減車を実行したのは、減車に因る損害を最少限度にとどめるためこれまた已むを得ざるものと云わねばならず、これがため争議行為の形態をとつても、減車行為が緊急避難行為たることをさまたげるものとは云えない。

従つて被告人等並に弁護人の緊急避難の主張は理由があり、前記公訴事実につき、被告人佐藤忠、城野広勝、稲辺武利、松尾泰清、小野寺米蔵、佐野貞夫、八重樫政蔵、竹原昇、勝山寿太郎、小嶋国夫、佐藤繁、小倉嘉二、吉川重信、若林和真、伊藤岩夫に対し旧刑事訴訟法第三百六十二条前段に則り無罪の言渡をなすべきものとする。

次に前記(二)及び(三)の公訴事実につき、判断するに、昭和二十三年政令第二百一号(ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令の件に基く臨時措置に関する政令)は同年七月三十一日附官報に掲載せられ、その附則においてこの政令は公布の日から施行すると定められている。しかして従来法令の公布の方式を規定した公式令が昭和二十三年五月三日を以て廃止せられ、これに代るべき何等の規定がないから、同日以後はこの点に関し何等の方式も存しないことになつたが、法令公布の方式を政府の随意にその時々の便宜により決定することができるとすれば、国民は如何なる法令が公布せられたかを適確に知る方法がない。今日一般には一部の重要な法令はラジオ、新聞紙等によつて知らされてはいるが、単にニュースとして報道せらるるに止り、これに対し放送局及び新聞社は何等法的責任を負うものではなく、又これ等によつてあらゆる法令を国民に周知せしめることは到底不可能であるから、新聞社またはラジオの報道を以て公布の方式とすることは妥当ではない。しかして現実には現在においても法令はすべて官報に掲載せられており、政府並に国民は官報掲載の法令をその正文としてこれに従つてきているのであつて、この事態を考察するときは公式令廃止後も法令の公布は官報によるとの不文律が存在しており、これに従つて法令は官報により公布せられておるものと解するのが相当である。

しかしながら官報の印刷発行が事実上その日附より遅れることがあるから、官報掲載の日附即ち公布の日であると断ずることはできない。おもうに法令はその公布と施行との間に一定の期間を設けその間に国民をして十分その内容を了知せしむる機会を与えることが望ましいが、法令によつては急速に公布実施を必要とするものがあり、右の期間を置き得ない場合があること勿論で、本件政令のごとく公布と同時に施行するような場合は国民すべてに十分その法令の内容を了知せしむる機会を与えることは到底不可能であり、従つてかかる場合の公布の日時については、劃一的に国民において当然法令の内容を知る機会を与えられたものと看做すべき一時点を定め、これを以て法令公布の時期と看るのが相当であり、敍上の理由により当裁判所はその法令掲載の官報が印刷の上外部に発送の最初の手続をとつた時を以て法令公布の時であると解する。検事はこの点につき公布の日時はラジオ放送の時であるとし、本件政令は昭和二十三年七月三十一日午後九時四十五分公布施行せられた旨主張するのであるが、ラジオを以て法令公布の方式とすることの妥当でないことは前説示のとおりであるから、公布の時期のみをラジオによるとの主張の採用し難いこと論を俟たない。しかして昭和二十三年十一月十三日附内閣官房長官佐藤栄作より原審裁判長判事井上正弘に対する回答書(記録第五六九丁第五七〇丁)によれば、本件政令は昭和二十三年八月二日午前九時三十分印刷完了し、同日午後一時三十分頃発送の手続をしたことが認められるので、本件政令は同年八月二日に公布即日施行せられたものであるといわねばならない。しからば右公訴事実は本件政令公布前の行為であるから、事実の有無を判断するまでもなく無罪である。

よつて被告人田村辰雄、浜浦金之助、吉田三太郎に対する前記(二)の公訴事実につき、被告人大滝栄に対する前記(三)の公訴事実につき、いずれも旧刑事訴訟法第三百六十二条に則り無罪の言渡をなすべきものとする。

以上の理由により主文のとおり判決する。

(裁判長判事 熊谷直之助 判事 水島亀松 判事 笠井寅雄)

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